京都市
「嵯峨大念佛狂言保存会」

言葉以上の表現力 無言劇の「嵯峨大念佛狂言」

嵯峨大念仏狂言は能楽の狂言とは異なり、プロではなく、地域の人たちによって受け継がれ、演じられてきました。特徴は、全員が仮面を着け、身振り・手振りで演じられる「無言劇」ということです。鎌倉時代、言葉に頼らずとも誰もが仏教の教えを理解し、親しめるようにと上演されてきました。コミカルな動きとどこか愛らしく感じるキャラクターも魅力のひとつです。

京都市右京区「嵯峨大念佛狂言」
― 静かな舞台に息づく
嵯峨の歴史と思い

「カン・デン・デン」と、静かな境内に、鉦と太鼓の音が響きます。京都・嵯峨の清凉寺(嵯峨釈迦堂)で受け継がれてきた「嵯峨大念佛狂言」は、言葉を用いない無言劇です。台詞はなく、面をつけた演者の動きや間、音だけで、舞台の上に物語が描き出されていきます。観る人は、その積み重ねから場面を感じ取り、物語を受け取っていきます。鎌倉時代の大念佛会を源流とし、時代を超えて嵯峨の地で受け継がれてきたこの狂言は、地域の人々の手によって守られ、今も舞台に息づいています。

大念佛会に始まる、
嵯峨大念佛狂言のルーツ

嵯峨大念佛狂言の起源となった「大念佛会」は、鎌倉時代の僧・円覚上人によって始められました。その目的は、元寇や疫病による社会不安の中、大勢で念仏を唱え功徳を高めること。当初は、参拝客が勢い余って、本堂の内陣にまで入り込んでしまうため、その禁令が出されるほどだったといいます。

当時の様子がわかる資料の一つとして、室町時代に制作された『融通念仏縁起絵巻』があります。そこには清凉寺で開催された大念仏会に、人々が「雲のごとくにのぞみ、星のごとくにつらなりて群集」したと書かれ、境内で猿回しなどの芸能を披露する人々の様子も描かれています。いつから「狂言」という形になったのか……それは明確ではありませんが、室町時代に奉納された古面が残っていることから、この頃にはすでに面をつけて演じる狂言の形が成立していたことが分かります。

そして江戸時代に入ると、それまで専門の芸人集団が演じていたものが、次第に土地の人々の手へと受け継がれ、地域に根ざした民俗芸能としての形を確立したと思われ、現在まで受け継がれてきました。



中断から復活へ。
気質を表す再始動の物語

そんな歴史のある嵯峨大念佛狂言も、一度は昭和38年に途絶える危機を迎えました。その後、復活の動きが生まれたのは昭和50年のことです。復活の中心となったのは、当時清凉寺(嵯峨釈迦堂)に入られた住職と、地域の長老たちでした。

住職はもともと大阪で高校の校長を務めていた人物で、清凉寺に来てから、嵯峨の地域に残る行事や芸能に目を向けるようになります。復活のきっかけは、住職から「残されていた面と衣装を身につけて『お練り』をしてくれないか」と頼まれたこと。これを契機に、元の形に戻そうという流れが生まれ、嵯峨大念佛狂言の再始動が始まりました。

古参メンバーは当時を振り返り、「稽古に来たら、子どもが何人かいてね。練習で着た衣装のまま、ボールを投げて野球して遊んでたり、相撲をとってたりするんです。かわいいもんですよ」と、目を細めます。嵯峨大念佛狂言はしばしば「おおらかで、古風さを伝えている」と評されますが、そうした気質は、再出発当初の稽古風景にも表れていたようです。



世代をつなぎ、
広がっていく担い手の輪

現在、嵯峨大念佛狂言には、小学生を中心とした「嵯峨狂言クラブ」、中核を担う「保存会」、そしてOB・OGによる「若葉会」があり、未就学児から最高齢92歳まで、約35名のメンバーが所属しています。

「3、4歳の頃に初めて嵯峨大念佛狂言を見て、人間が演じているとは思えないほど衝撃を受けました。その後、小学校で嵯峨大念佛狂言の授業を受けたことをきっかけに『嵯峨狂言クラブ』に参加し、現会長のすすめで保存会に入りました」と語るのは、一人の若手メンバー。

一方で、嵯峨大念佛狂言との関わり方は、必ずしも幼少期の体験から始まるものばかりではありません。子どもが先に「嵯峨狂言クラブ」に入り、送り迎えをしているうちに、気づけば自分も面をつけて舞台に立っていた、というケースも少なくありません。

子どもの頃に触れておのずと、あるいは、子どもが楽しそうに稽古に励む姿に背中を押され、親がその輪に加わり、やがて親子二代、三代で保存会に所属する――。そうした自然な広がりが、今日の嵯峨大念佛狂言を支えているのです。

鑑賞ポイント
——無言劇ならではの楽しみ方

言葉を一切使わない無言劇である嵯峨大念佛狂言。「言葉がないからこそ、動きや音、そして漂う空気感から物語を直接感じ取れるんです」と保存会の方々は語ります。観客の想像力が加わることで完成するこの狂言を、より深く楽しむための3つのポイントをご紹介します。



「荒々しさ」こそが醍醐味! 魂がぶつかり合う真剣勝負

「うちは『ゴツゴツ』して荒っぽい」と保存会の方々が語るその真骨頂が、激しい立ち回り(殺陣)。他の念佛狂言が優雅に舞うように演じるのと対照的に、金属製の刀を「バチバチッ」と音を立てて力一杯打ち合わせます。その激しさは、練習だけで刀が削れて短くなってしまうほど。かつて嵯峨の土地を力強く耕し、守ってきた人々のバイタリティが、この生命力あふれる動きに宿っています。

舞台を白く染める「蜘蛛の糸」
——視界を越えた美技

今回披露される『土蜘蛛』の最大の見どころは、やはり立ち回りで放たれる「蜘蛛の糸」。和紙で作られた白い糸が、生き物のように幾筋も空中を舞い、一瞬にして舞台を幻想的な世界へと変貌させます。実はこの糸、保存会の皆さんの手作り! 少しでも角度が狂えば自分に絡みついてしまうという緊張感の中、完璧なタイミングで糸が放物線を描いたとき、舞台の熱量は最高潮に達します。

面の奥に宿る「気配」と、
身体が紡ぐ豊かな感情

演者は皆、個性豊かな「面」をつけています。自分の呼吸音が大きく響き、足元さえおぼつかない中、頼りになるのは相手のかすかな足音や、共に舞台に立つ仲間の「気配」だけ。そんな極限の状態で、演者たちは身体を小刻みに震わせて「恐怖」を表現し、力ない仕草で「病の苦しみ」を伝えます。台詞がないからこそ、指先一本、肩の揺れ一つにまで神経が注ぎ込まれた細やかな演技に注目です。

「土蜘蛛」での糸を投げる場面での稽古風景

嵯峨大念佛狂言を100年先まで

今回の公演に向けて保存会の皆さんが口にしていたのは、「うまくやらなければ」という気負いよりも、「まずは知ってもらえたら」という率直な思いでした。
言葉を使わず、面をつけて演じる嵯峨大念佛狂言。その独特の世界を、難しく考えず、まずは感じ取ってもらいたい。そのうえで、この公演を“点”で終わらせるのではなく、次へ、さらにその先へとつながるきっかけにしたい――。
「100年先まで続いていたらええな」。そんな言葉には、大きな理想というより、日々の積み重ねを大切にしながら、嵯峨大念佛狂言とともに歩んでいきたいという、等身大の思いが込められていました。

「土蜘蛛」で使用する糸は会員の手作り。子どもたちが参加する時もあります。

チケット

ticket
一般

前売1,500円 / 当日2,000

学生(小学生~大学生)

前売1,000円 / 当日1,500

※学生料金のチケットを購入された場合、学生証や生徒手帳など、学生の身分が証明できるものをご持参ください(小学生は不要です)

※未就学児は無料でご入場いただけますが、保護者の膝の上または、お子様を抱いてご覧ください。

チケットは完売致しました。
厚く御礼申し上げます。今回当日券の販売の予定はございませんので、予めご了承下さい。