伊根町
「河来見翁三番叟 翁会」

五穀豊穣を寿ぐ大変おめでたい舞「河来見翁三番叟」

翁会は「河来見翁三番叟」の保存のため結成され、毎年浦嶋神社の延年祭で奉納しています。戦後、過疎化により途絶えていましたが、昭和62年に有志により結成、離村された方を含め河来見地区の方々の協力と翁会の熱い思いにより復活し、今に伝えられています。物事の始まりや幕あけといった意味も持つ神事の舞です。

40年の空白を越えて
舞い継ぐ
地元の誇りと絆

京都府最北端に近い、日本海に面した伊根町。観光名所である舟屋群とは趣を異にする内陸の集落に、神事能「河来見翁三番叟(かわくるみおきなさんばそう)」は継承されています。
この芸能を受け継ぐ団体「翁会」の皆さんに取材を申し込むと、現れたのは、親しみやすく気さくな笑顔の男性たち。「普段はこんな感じで、まあチャラチャラしてるんですけどね(笑)。でも、三番叟の活動になった瞬間、みんな厳かになるんです」。
彼らが舞台でまとうのは、神に仕える舞い手としての「誇り」。その活動は、実は一度途絶え、復活からまだ約40年という「新しい伝統」を紡ぐ物語でもありました。

翁会のみなさん

途絶えた祈りの舞に
再び灯をともす

翁会の舞台は、浦嶋神社の氏子域である本庄の地。けれどその源をたどれば、「河来見翁三番叟」は、伊根町・河来見地区の三柱神社に息づいていた祈りの舞でした。
それは年ごとの祭りに定められたものではなく、国に喜びが訪れた時や、社を新たに築く時、あるいは人々が心をひとつにして事を成そうとする時――そんな特別な節目にだけ、静かに舞台が開かれたと伝わります。
浦嶋神社にもまた、古くから能の心が受け継がれていました。33年に一度の屋根の葺き替え、66年に一度の建て替えといった大きな転機のたびに、神々へと感謝と祈りを捧げる能神事が厳かに奉納されてきたのです。「河来見翁三番叟」は、そうした長い歳月の中で、土地と人の信仰に抱かれて育まれてきました。
しかし、戦後、この芸能は途絶えます。最後に舞われたのは昭和22年。浦嶋神社の社殿で雨乞いのために奉納されたのを最後に、担い手たちは次々と村を離れ、「河来見翁三番叟」は40年もの長い眠りにつくことになります。
復活の灯が灯ったのは、昭和62年のことでした。きっかけは伊根町商工会が立ち上げた村おこし事業。「河来見で虫干しされていた三番叟の衣装を、たまたま訪れた浦嶋神社の宮司が見かけ、途絶えているこの芸能を復活させたらどうだろうという話になったんです」。
しかし、指導できるような人はすでに離村した後。与謝野町や福知山市など、近隣の町に移り住んでいた元舞い手の方々に指導を仰ぐことになりました。練習は河来見の公民館で大体週に2回ほど。「地元のおっちゃんたちが、僕らが練習に行く1時間前から薪ストーブに火をつけて準備してくれていたんです。指導者の方々も、遠方から雪の日でも来てくださって……。それだけ、伝承を喜んでくれたんだなと思います」。
多くの人々の想いが繋がり、復活を遂げた「河来見翁三番叟」。その舞に込められた願いは、古来より変わらず、シンプルで力強いものです。「願いは五穀豊穣、世界平和、国土安泰、そして天下泰平です」。

櫻尾会長

継承の重圧と、
その先に芽生えた誇り

しかし、復活の道のりは想像を絶するものでした。40年間も途絶えていた芸能は、指導する側も「忘れているのを思い出しながら教えてくれた」といい、舞う側は「見たことも聞いたこともない、意味もわからない芸能」をゼロから習得する必要がありました。
「稽古は、しんどいわつらいわの連続でした。毎回お叱りを受けていましたね。復活して世に出るまでがとにかくプレッシャーで、奉納が終わったらすごい安堵でしたね。やっと肩の荷が下りたという気持ちでした」。何百年前から継承されてきたものの誇りと、それを途絶えさせてはならないという重圧。その二つを背負って舞いきった立ち上げメンバーの想いは、計り知れません。
「復活して20年ほど過ぎた頃に、河来見の三柱神社にお礼を込めて里帰りの奉納をしたんですよ。猪に掘られて凹んだ境内の地面をならして、ステージも作った。その時、近隣の人だけでなく、村を出られた大勢の方も見に帰って来てくれたのが忘れられないです」。
時代が変わり、現在、「翁会」は毎年3月17日に行われる浦嶋神社の延年祭で「河来見翁三番叟」を奉納することを基本活動としています。中には舞台で舞う姿に衝撃を受けて入会した若手もいます。
「役場の仕事をしている時に、三番叟の披露でスポットライトを当てる仕事をしていたんです。普段チャラチャラしゃべってる先輩方が、その時だけすごく厳かになっているのに衝撃を受けて、『かっこいいな』と思って」。普段は愉快で陽気な地元の先輩たち。しかし、一度舞台に立てば、神事に仕える厳かな舞い手へと変貌する。そのギャップが輝いて見えたといいます。
他の若手も「僕も最初、能みたいなことを自分がするなんて夢にも思ってなかったです。でも年数を重ねることで、日本の伝統芸能を掘り起こしてやっているということが、だんだん嬉しくなって。今は誇りに思っています」と語ります。
現在は親子2代で継承するメンバーもおり、活動を通して地域に「仲間ができる」ことが、継承の最大の意義であり、地元活性化の基になるといいます。

意味がわかると面白い!
鑑賞のポイント

「全国各地に『三番叟』はありますが、それぞれに違いがあり、それを見比べるのも面白いと思います。僕たちも声のトーンや言い回しなどを工夫しながら楽しんでやっているので、気軽に観てもらっても楽しいかなと思います」。そう語る翁会のメンバーに、注目して欲しいポイントを伺ってみました。

「静」と「動」の対比

「河来見翁三番叟」の登場人物は翁(おきな)・黒尉(くろきじょう)・千歳(せんざい)の3人。翁と黒尉による「静」と「動」の動きのコントラストに注目です。

神の象徴で、白髭の面を被り、重厚な衣装をまといます。動きは「静」ですが、腰を落としてすり足で歩くので、実はすごくしんどい!神殿に向かって伏せて動かなくなる場面がありますが、その時、翁は心の中で詞を唱えており、舞台には厳かな空気が漂います。この詞は翁役の人だけに口伝で教えられる秘伝の言葉なんだとか。

黒尉

黒い面を被り、千歳から鈴を受け取り、舞を舞います。動きは「動」。軽やかな衣装で舞い、天下泰平の祈りや五穀豊穣を願う「種まき」などを表現します。特に舞い上がって飛ぶシーンは、力強くダイナミックな魅力が。慣れるまではマットを敷いて練習するそうです。

千歳(せんざい)

翁に先立って舞台を清める役。

「俺がやる!」—舞の主役を
奪い合う「掛け合い」

三番叟には、黒尉と千歳の間で交わされる掛け合いがあります。
「『今日は俺が主役やけど、もっと出てこいよ』って出てきて、『誰やお前!』みたいなやり取りがあります。舞を『わしがやる!』『俺がやる!』と取り合いっこをするんですが、最終的に黒い面を被った者がやることになる、という場面です」。
この滑稽で人間味あふれるシーンは、古文の言い回しで表現されますが、事前に意味を知っていると、より一層楽しく鑑賞できます。

練習風景

絆が繋ぐ河来見三番叟を次代へ

伊根町の山里で、40年の空白を乗り越えて響き続ける彼らの舞。それは、単なる芸能ではなく、地域の魂と誇り、そして何よりも世代を超えた仲間たちとの絆の証です。
舞い手の継承も決して容易ではない中で、「『河来見翁三番叟』の歴史的・文化的な意味を伝えながら、その魅力をもっと地域外にも発信していきたい。『伊根町に来たら楽しく能楽ができる』という新しい魅力を伝え、次代へと繋いでいきたい」と、意気込みを語ります。
普段は気さくな地元の人々が、神事の場で放つ厳かな輝き。ぜひその目でご覧ください。

チケット

ticket
一般

前売1,500円 / 当日2,000

学生(小学生~大学生)

前売1,000円 / 当日1,500

※学生料金のチケットを購入された場合、学生証や生徒手帳など、学生の身分が証明できるものをご持参ください(小学生は不要です)

※未就学児は無料でご入場いただけますが、保護者の膝の上または、お子様を抱いてご覧ください。

チケットは完売致しました。
厚く御礼申し上げます。今回当日券の販売の予定はございませんので、予めご了承下さい。